安斎はSに会う前からY堂入りの腹を固めていた。
安斎は就職活動で最初に内定をもらったのが日銀、縁談も最初の話で決めた。
長銀頭取就任の際も最初に声をかけてもらったという。
「これまで最初にお話がきたものにOKを出してきた。
今回も最初のお話を大事にしたかった」。
国有化された長銀時代の安斎は、過去の負の遺産処理に負われるばかりだった。
ゼロから立ち上げる新銀行の社長について安斎は「助産婦の役を果たしたい」と抱負を語った。
新銀行設立の混成部隊に強力な助っ人、リーダーが加わり、準備に弾みがつくと思われたが、さらに大きな壁が立ちはだかっていた。
99年8月、Uが金融監督庁(現金融庁)を訪れA銀行の事業内容について説明していた時、監督庁側から出た一言に大きな衝撃を受けた。
「『銀行らしい』事業計画を出していただけませんか」金融当局はA銀行の採算性を依然として疑問視しており、ATM共同会社との違いが明確でないと見ていたからだ。
やむを得ず当初、10月に予定していた開業時期を12月に変更し、新たな収益源について検討を開始した。
結果的には事業計画に「将来の検討事項」としてローン業務も盛り込むことにした。
ようやく11月6日に金融再生委員会に予備審査書類を提出し、2001年4月に予備審査修了証を受け取った。
難産の末のA銀行の誕生だったが、Y堂側がこだわった利用手数料の決定権については銀行側が手放さなかった。
ATM設置構想から約2年。
A銀行設立までの道のりは金融業界の常識とY堂、Sの常識との戦いでもあった。
この時点では「両者引き分け」といった感じだった。
2001年5月15日、24時間365日営業のA銀行(現S銀行)のATMサービスがスタートした。
小売業にとって一番大切な営業方針は品ぞろえの充実にほかならない。
それをS銀行に置き換えると、どこの金融機関のキャッシュカードやクレジットカードであろうと現金の出し入れができることを意味する。
そして手数料はメーカーが決める小売価格のようなものと位置づけた。
ATMの設計でも小売りの発想がにじみ出ている。
まず、大きさ。
「S」の限られた売り場の中に設置するためにコンパクト化が図られた。
幅は45センチ、奥行きは515センチ、高さは136センチ。
普通の銀行にあるATMにくらべると細長く、スリムだ。
横幅45センチというのは陳列棚の幅のちょうど半分。
流通業界では棚の幅を基準にしており、「S」の店内のどこにATMを設置しても通路に出っ張りがなく、すっぽり収まるようにしてある。
現金の取り出し口近くには小さなフックがあり、買い物袋を掛けることができる。
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